◇蒸し水元とは、目立たず過酷だけど重要なポジション  ―着物生活―

前回は、友禅染めについて簡単にご説明しました。美しく緻密な絵が描かれた友禅の着物が、実は全て人の手による作品だなんて、AIが登場してなんでもパソコンで出来てしまう現代ですが、機械には同じ物は作れないでしょうね。手作りの価値を感じます。

さて今回は、その最終仕上げの大切な工程である蒸し水元についてお話しましょう。

友禅と言えば、人間国宝の有名な作家の方も何人もおられますし、美しいデザインや色が取り上げられます。でもその影には、美しい着物を完成させるために、目立たないけれど重要な役割を担っている職人さんがおられます。

私達のいる染色補正の業界もその中の一つですが、蒸し水元は中でも最も重要で、最も目立たず、そして最も過酷と言えるかも知れません。

 

もう数年前になりますが、私達は、㈱広海さんを見学させて頂いて、いろいろお話を伺いました。広海さんは昭和28年創業、蒸し水元の他にもしごき染めや、平成22年には独自の防縮加工「シュリンクプルーフ」も開発され、近年では数々の賞も受賞されている業界屈指の蒸し屋さんです。

今回は、ブログでまたご協力頂きました。

 

○蒸し水元の役割とは

 

一言で言うと、①染料を発色させる②染料を定着させる③元の白生地の時の柔らかい風合いに戻す この3つが蒸し水元の役割です。染めには、地入れという工程で糊成分も使いますし、染め上がりはパリパリと固く、重いんです。染料は粉末で、水に溶いて火にかけて液状にしますが、濃い色の場合ですと染料もたくさん使うのでドロドロの時もあります。それに染料は顔料と違って見た目の色が出るのではなく、熱を加えて本来の色が出るのでしたね。赤は染め上がりはどす黒く見えますし、紫も紺のような感じですが、加熱する事で鮮やかな赤や紫になります。(ですから染めの色合わせは必ず、電熱や缶蒸しで加熱して色をチェックしています。)蒸し屋さんは、

 

⑴ 蒸す温度や湿度、時間を調節して染色物を最も美しく発色・定着させる

⑵ 水元で反物に付いている余分な染料や糊を綺麗に洗い流し、色落ちのない着やすい元の生地感に戻す

⑶ 湯のしで更に柔らかくし、絹の優しいドレープを取り戻す

 

と、こうした仕事をされているのですね。では、一つ一つ見て行きましょう。

 

 

① 蒸し

染め上がった反物を、それぞれのタイプに応じた枠にかけ、蒸し箱に入れます。蒸し箱は、大人が立って数人入れる小屋くらいの大きさ。大体100℃。

熱が均一に回るよう20分で一度出して反転させたり、様々な創意工夫をされています。蒸し機は、他にもしごき染め専用、インクジェット専用の蒸し機もあり、インクジェット専用の物はとても大きく、中でずっと反物が回り続けて乾燥されて出てくるという最新のハイテクマシンでした。

 

 

②水元(水洗)

水元にも、川と呼ばれる桂川の伏流水を使って人の手作業で洗うものと、機械による水元があり、手描きや手染めは伏せ糊も一つ一つこすってとり、人の目と人の手で一日200反が手洗い(当時)と仰ってました。ここでよく洗う事で色の定着が決まるので、染料によっては薬品も使うため、薬品の知識も必要です。また、ゴムやロウは水ではなく溶剤で洗われます。機械による水元はソーピング(洗剤)のプールを通ってからすすぎ、乾燥室を通って出てきます。

 

機械水洗(部分)

手洗い用のプール

 

③湯のし

湯のしとは、蒸気多めのアイロンをかけているようなイメージで、繊維の経糸と緯糸を整えたり幅を出したり、折れやシワを伸ばしたりします。水元の機械に組み込まれていたりもしますが、この工程で生地を柔らかくします。

 

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蒸し屋さんは、蒸し場や干し場など冬でも暑く、夏だとかなり暑くて重労働ですし、水元は、手水元ですと冬の寒い時期でも冷たい水で10m以上もある長く重い反物を洗い続けるわけですから、こちらも重労働です。

㈱広海さんでは、若い職人さんも多く働いておられますが、こうした職人さん達のおかげで、美しい着物が作られているんですね。

 

 

私達は着物のお手入れの仕事をさせて頂いてますが、着物のしみぬきは石けんや薬品を使いますから、そのたびに色落ちしていたのでは、作業がはかどりません。染めや蒸しが丁寧に成された着物は、長い年月を経てしみぬきをする時にも、扱いやすくまた美しく甦るものです。そんな着物に出会うたびに蒸し屋さんのご苦労に感謝の気持ちが自然に湧いてきます。

 

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ところで話は変わりますが、先程①蒸し の所でチラッと登場しましたが、広海さんではしごき染めもされています。しごき染め、一般の方は聞き慣れない言葉ですよね。ですが私達染色補正士にとっては、とても関わりの深い染色なのです。

そこで、この流れで次回は、しごき染めについてお話させて頂きましょう。