★着物のお手入れをお断りしなければならない理由の一つ“膠の腐敗” ―着物クリーニング―

私達は、どんな着物でも、大切に長く着て頂きたい、引き継いで着て頂きたいと願って、毎日お手入れやお直しの仕事に励んでいますが、中にはどうすることも出来なくてお断りする場合があります。洋服を扱うクリーニング店や、他店も同様ですが、大きく分けますと、

 

◇生地が弱っている

◇色が落ちる

◇縮む又は伸びる

◇装飾が破損する

◇上記の事例を復元出来ない

 

など、丸洗いする事によって元の形が崩れてしまい、それを復元出来なくなる物は、丸洗いは出来ません。

クリーニングに出される物の多くはご家庭では洗えない、つまり水では洗えないとご自身でも判断された衣類ですから、大半は有機溶剤という油性の液体で丸洗いします。が、中にはそれも出来ない物もあります。

それが先ほどの条件に該当するものですが、部分洗いやしみぬきが可能である物ならば、再び気持ちよく着られるようになります。

 

ですがそれすらも出来ない物も中にはあります。

以前ブログ「問題になった化学染料・特定芳香族アミンと硫化染料」でご紹介した硫化染料もそうですが、今回はまた別の事例を解説致しましょう。ブログ「剥がれる柄・抜け落ちる柄・消える柄」でも簡単にご紹介しましたが、今回は「膠の発酵」について詳しく掘り下げましょう。事故を未然に防ぐ参考になれば幸いです。

ウレタンバインダーの剥離

こちらはウレタンバインダーの剥離です。次の機会にお話ししますね。

膠(にかわ)とは、動物や魚の皮や腱、骨などを煮込んでゼラチン質を抽出した物で、古くからある固着剤(のり)です。

着物の色付けには、染料と、顔料が用いられます。染料は水に溶かして繊維に染み込ませて染着させますが、顔料は、何らかの固着剤(のり)と混ぜて生地の表面に塗るように描かれています。絵の具やクレヨンはすでに顔料とのりを混ぜた状態の物です。ボールペンやマジックは種類によって様々です。着物の場合、胡粉という貝から作る顔料がよく使われますが、現代では合成樹脂製のバインダー(のり)を使用する事が多く、膠が使われる事は少なくなりました。それにもちろん、膠を使用したからといって大半は特に問題はありません。

顔料とは、写真の岩絵の具(上)のような粉末を、写真の膠(下)のような固着剤で溶いて塗ります。膠は、火にかけて水で薄めて液状にします。

 

また刺繡の所も、糸を留めるために裏側で糊が使われています。

この場合は米糊や樹脂糊が使用されるため、カビなどで酸化すると黄色い変色(黄変)が出てくることはあっても、生地がボロボロになることまでは無いとは言い切れませんが、滅多にありません。危険なのはやはり、顔料などの練り込みに使われている膠です。

一部の柄だけが破損した例

膠が腐って欠損した柄

中央:虫食いではなく、糊が劣化して穴が開いた生地。

 

問題があるのは、その膠が発酵している、つまり腐っている場合です。なぜそのような事になるのでしょうか。

 

膠が腐っているかどうかというのは、目に見えるものではなく、大変判断の難しい所です。特に腐りやすいものは、膠の濃度が濃い場合です。膠を濃くしている部分は、例えば白だけ厚塗りしていたり、一色だけ濃く塗られていたりするものや、金粉やラメなど、粒子の荒い生地に付きにくい物が多く塗られている所などが挙げられます。しかしのりは種類も多く、何を使われているかまではわかりません。古い物ですと膠が使われている事もあります。

ですがそれが腐っている状態の場合には、大抵かなりひどいカビに覆われています。縫い糸も酸化して弱っており、切れてしまうのもあります。

上:表/下:裏 カビで柄の濃い変色が裏まで通っていたりすると、柄も生地も弱っていて危険です。

結局の所、腐敗の原因はカビであり、保存状態にあると言えます。

 

カビがひど過ぎて部分洗いやしみぬきでは追いつかないし、良かれと思って丸洗いするとボロボロに砕ける事もあり、大変危険ですから、丁重にお断りするしかありません。

有名デパートや有名専門店にご依頼されても、出来ませんとお断りされるのには、そういった理由があるからです。

 

一度も着たことないのに…などというお話をお聞きすると、本当にカビから着物を守っておかないと!という気持ちになります。

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デオ・ファクター

大切な着物を美しい姿のまま、次の世代に残して行きたいですね。