☆剝がれる柄・抜け落ちる柄・消える柄  ―着物雑学―

なにやら手品のようなタイトルですが(笑)  着物でも洋服でも、柄が剥がれたり、ストンと抜け落ちたり、消えてしまったり…などということは想定していませんよね。シールや絵の具でもない限り、考えた事もありません。つまりそれだけ現代の染色技術は進んでいるし、昔から存在する着物にそれが施されているということは、着物の染色技術は昔から優れていたということになります。

 

でも、その長い歴史の中には残念な事に粗悪品があるのも事実です。戦後の高度経済成長期には呉服のみならず、全ての業界が新しい物を作っては多売する時代でしたので、どさくさに紛れていろんな粗っぽい物が出回ったようです。

もちろん私達はその時代を経験してはいませんが、この仕事をしていると、“いろんな時代を知る着物“に出会います。その着物の語りに耳を傾けるのも、職人の大切な心得です。

 

今回は、もし出会ったらドキッと驚くような、そんな柄の故障事例のお話を致しましょう。ベンジンや水などを使ってご自分でお手入れしたいな、と思われる方はぜひ御一読ください。(ブログ・ご自分でされる着物のお手入れについて も併せてご参考にしてください。)

 

① 剥がれる柄

友禅は、染料を用いて柄を描いて染めていますが、顔料は、バインダーと呼ばれる糊の役目の物を混ぜて生地の表面に描いてあります。金彩もそうですね。剥がれる、というのはこのバインダーが劣化したり、軟化したりして弛んでしまうために起きます。ガス焼けのブログにも書いたように、防虫剤が作用する場合もありますが、かつて大きな問題になったのはウレタンバインダーです。

 

 

こちらは当時の染織試験場(現産業技術研究所)が、平成六年に発行した機関誌の記事です。「のせ友禅」は、顔料や金粉にウレタンバインダーを練り込んでスクリーン捺染で表面に乗せられているだけの物で、クリーニングしようとしまいと、1~3年経つとウレタンが劣化してポロポロと剥がれてくるので、返品が多く出て、その後使用禁止になりました。ですが、現代でもなぜかたまに見かける事があります。よく似た別のものかもしれませんが、ウレタン樹脂というのはカバンやべルトでも何年か経つと劣化してボロボロになります。和装では草履によく見られますが、消耗品であると理解していれば問題ないですね。

 

 

② 抜け落ちる柄

柄がそのまま、或いはパズルのピースを外したように抜け落ちる…それもほんの一、二度ですが見たことがあります。浴衣の場合は、以前ブログにも書いた硫化染料が上げられますが、着物の顔料の柄の場合はやはりバインダーが原因で、バインダーに濃度の濃い膠(にかわ)を使用した場合です。膠とは、魚や動物の骨や皮や腸などを煮詰めて固めたゼラチン質の接合剤です。

着物の模様を顔料で描く場合、胡粉がよく使われます。昨今は樹脂胡粉などいろいろありますが、“岩絵の具“と呼ばれる胡粉を、膠を溶いて火にかけた糊と混ぜて使用される場合もあります。この膠の濃度が濃過ぎると、経年により発酵して生地ごと腐り落ちるのです(保管の状態にもよります)。柄の中の一部の色、例えば白だけが裂けたり破れたりしているとこれが原因かも知れません。

 

顔料は元々粉末なんです。

 

③ 消える柄

こちらは描かれた部分の柄ではなく染め、正確には染めたように見えるけどちゃんと染着されていない物です。普通に着用したくらいでは消えませんが、水や溶剤を使用すれば消えてしまうので、お手入れは出来ないということになります。色無地や訪問着や留袖などにはあまり見られません。

鮫小紋や吹雪などの細かい柄が全体にあるが、染めずにただ表面に置いてある場合。細かい小紋柄が白や黒や色ではなく、マットな質感の無彩色である場合。特に、絵羽模様があるのに上から不自然な小紋柄があったりすると“難隠しのために”後から乗せた物かもしれません。

 

地紋が消えている着物

 

大半の小紋は堅牢度の高いしごき染めで染色されているのでもちろん消えたりしません。

 

 

また、プリンターを使用するなどの染色が手始めた頃は改良に改良を重ねて試行錯誤を繰り返していたため、初期の物には堅牢度が低く、水や溶剤で消えてしまう物もあります。言葉で説明するのは難しいのですが、私達は毎日たくさんの着物を見ているため、その、“違和感“を見極めて必ずテストをしています。

 

戦後の高度経済成長期を経て、今もなおその技を引き継いで着物を作り続ける染色の職人さん達は、試行錯誤を繰り返して向き合い、技術を向上されて来たので、あの頃からは考えられないくらい優れた染色技術や加工技術が多数生まれました。ですから、現代の新しい着物にはイレギュラーな外的要因でもない限り、このような故障事例はまず起きないと思われます。でも過去の時代には、こんな歴史があったんですね…

 

着物の語りに耳を傾ける…

今日もそうして仕事をしています。